ヨガレッスンを何年も続けてきて、色んな方々に出会って思う事はヨガのアジャストメント(生徒さんの身体に触って調整する事)が必要なのか?常に自分に問いかけながらレッスンをしてきました。
どうしても力が入りすぎていたり、ご自分の身体の感覚を言葉の誘導だけで把握してもらいにくいポーズなどの場合はたまにアジャストメントする場合もありますし、パワーヨガで身体の感覚をしっかりまだ感じて行きたい方には可能性を感じてもらうるアジャストをする場合もあります。

ただ、最近思うことは、触っても触らなくても私が生徒さんの本質を変えることは出来ないということです。

ヨガって本来は繋がるという意味、FBやSNSで繋がるって意味ではありません。人と人との繋がりでもなく、アサナの完成形や柔軟性を目指すものでもなく、(身体と心と魂が繋がる)本当の自分と繋がっていくことなのです。

本当の自分と繋がるって?

まずは自分と向き合う事です。ただありのままの自分を蓋をせず観察していく。
自分に良い悪いや正しい間違っている大局的なジャッジもせずどんな自分もただ受け入れて自分を愛して自分を好きになること,自分が今生きていることを認めること、認識していくこと、、、。ここ大切なことだと思います。

まずは五感から感じる事、次は内側に意識を向けていくこと、血液の流れ、心臓の鼓動、呼吸の感覚、更にどんどん深く深く自分の感覚の微細な部分を観て感じていくことで、心とも蓋をせずに向き合っていくことが出来るようになるのです。心と向き合うこと、自分の感覚、思考と向き合う事、簡単なようですが時間もかかりますが、少しずつ、これまで思い込んでいた(私の肉体や心が私だという思い込み)から抜けると、心の手綱を握っているのは私たちの魂(=意識)で本当の私(魂=意識)は実はずーっと自由だったんだって事に気づきます。
意識をどこに向けるか、意識によってものの見方を変えていくことで心の在り方も変わってきて楽になります。
たとえば見たものを嫌いという思考を沸かせると良い気分にはなりませんよね。
見たものを嫌いと思う前に見方をかえて自分を成長させてくれるものだという思考や学びのために必要なものだという思考を沸かせることで感情も意外と穏かになったりしたり、少なからず負の感情ばかり沸くわけではなくなってきます。
見るものはありのままなんですが自分の中にある意識の向け方をコントロールしていくことで物の見方は変化し、その時にわく感情まで変化します。


私もまだまだ過程でしかありません。

ヨガのアサナで身体の可能性を…広げるみたいな考えもあるのかもしれませんが、身体は年齢を重ねていけば自然に衰えて来ます。自然の法則なんです。ヨガのアサナでポーズがアクロバティックなもの出来るようになってガンガン動ける様になって優越感を感じたりする自分からだんだん年齢とともにそれが難しくなり辛くなる…執着やエゴを引き起こしてしまうでしょう。いつかは手放さなくてはならなくなるものなのです。


身体をしっかり使うクラスは私はヨガのアサナを用いたヨガエクササイズとしてやっています。自由にみなさんの今、心地よい状態を探しながら、アサナをとって貰えたらと思っています。身体でも心でもそれぞれの気づきがあるはずだと思います、皆んなこれまで生きてきた経験や、生まれ持って来た身体の質などで、感じ方はヨガエクササイズでも、向き合う気持ちはそれぞれ違うはずです!

本来のヨガはアサナは静かに座るためにあるもの、周りをキョロキョロ見たり人を気にしたり、インストラクターに意識を向けてもらうものでもなく、アサナを美しくとる為のものではないので、まずは耳で聞こえてくる言葉で身体を動かして貰えれば良いのです。正しい間違いはありません。心地よい状態、快適な状態を目指してアサナをとっていってください。身体の使い方、意識する部分などたまには調整するかもしれません。がそれが気持ち悪い時は自分なりの形に戻してください。自然でいいのです。むしろ自然な状態に戻るためにヨガをするのですから身体をアジャストで矯正されたり可能性を引き出そうとするのは意識が外側に向いてしまうので、適度にその方が快適な状態を目指す。

世の中は諸行無常で移り変わっていくものですから時代が変化していけばヨガも色んなやり方アプローチあって良いと思います。

私はうっかりその身体重視のヨガが好みで、本質を忘れそうになっていました。

まずは自分を見つめて行ってもらう、自分の内側に入って自分と深く向き合う、この身体と心と魂とをまず分離して次第に繋げてそれそのものに一つにしていく…。自分を慈しむ。自分を愛する事が出来れば人も幸せに出来る。まずは自分!そこと向き合う事からヨガは始まるのではないでしょうか?

なんだかヨガってなんなんだろうと疑問に思いながらレッスンをしているインストラクターさんも多いのではないでしょうか?私もずっとそうでした。


それぞれの方々が自分の感覚、本当の自分と繋がる感覚、色んな気づきへ導いていく。それがインストラクターの役割ではないのかなぁと思うのです。

良い気分、気持ち良さはご自分にしかわからない。感覚や直感力を高めていく。それもヨガで培っていけるものです。

答えは全て自分の中にしかないのですー。

良い気分を持続することもヨガの練習ではないでしょうか

Yoga chitta vritti nirodahah. YS1-2

心の作用を止滅することがヨガである。

心の作用の止滅という言葉はなんだか心を止めてしまう事みたいなとらえ方をしてしまいがちですが、そうではなく心が鎮まり、どんな場所にいても、どんな人に会っても、何が起きても常に心がさざ波のたたない湖のような静かな状態を保つという事のようです。

でも・・・それってとーっても難しそう・・・そんな悟りを得た人には私はなれませーん!止滅という表現で書かれると思ってしまうのは私だけでしょうか?

そういう状態って現代人の私たちにとって言い換えれば良い気分でいるってことなのではないかなって思います、お風呂に入っているとき、好きな音楽や映画を見ているとき、とっても私は良い気分です。ヨガをしているときも心地よく良い気分。瞑想をしているときも心地良い気分。アクセスバーズの後も良い気分。

そんな良い気分をずっと保ちたいのですが日常生活を送っていれば、心はいろんな場面で常に動いてしまいます。その動きを止滅させていく(良い気分にする)にはまず蓋をせず、自分の心と向き合う事かなと思います。

たとえば私がどんな時に心が乱れるか心に波立ちがおこるか?

まずそこに気付くことからなのかなと思います。

私の心が乱れる時は散らかったリビングをみたとき、夜のヨガレッスンのあと下に降りてきたらテーブルの上に家族が食べ散らかした皿が無造作にそのままである時、テレビで悲しいニュースを見たとき、SNSなどの投稿で人が楽しんでいる光景を見たとき自分はとてもそんな状態を楽しめるような時間や暇がないとき。

↑良い気分になれない時です。

そういう時なぜ私は良い気分になれないのか原因を突き止めます。

散らかったリビングは私が掃除をしないから、私がものを置きっぱなしにしているから、娘たちも私を真似して置きっぱなしにしたり、散らかしっぱなしにしている良い気分にはなれません・・・が←原因は私です。できるだけ物の置く場所を決めて定期的にちゃんと片づけて掃除すれば子供たちも気持ちが良いので散らかすという行為をあえてしないようになる。結果日々の生活は良い気分に!

ヨガレッスンの後、下に降りてきたら、ビールの缶や食べ散らかったテーブルをみたとき、心はイライラと波経ちます。が←原因はまたまた私、できるだけ片づけやすい食器にまとめて各自が片づけやすいような状態で食事をだし、缶を捨てる塵箱をたまにいっぱいにしてしまい、捨てる場所がない状態にしている。ちゃんと片づけやすい状態を家族に提供しておくことで家族も気持ちよく片づけをしてくれます。

結果日々の生活は良い気分に!

テレビで人が殺されたりする悲しいニュースをみたり、聴いたりしたとき、悪い気分になります。←なのでテレビは最近あまり見ません。ドラマはわくわくしてみる時もありますが。

結果日々の生活は良い気分!

SNSの投稿で人が楽しんでいる光景を見たとき、自分の生活があまりにも忙しすぎて楽しんでいる人に対してうらやましい感情や妬みの感情が出たとき、そういう人の幸せを喜べない自分の心の余裕のなさに気付いて、休みを取ったり、自分も時間を作って自分が好きなことしたり、まずSNSをみない事も良い気分でいられる選択かもしれません。無駄にいらない情報をいれないこと。

結果日々の生活は良い気分!

そんな感じで考え方を変えて行動を変えていくことでいい気分に切り替えていく事はそんなに難しいことではないかもしれません。

大切なのは意識を外に向けるのではなく常に自分に向けていく事。

この世の中心は自分自身です。自分を大切に慈しんでいく事。

自己観察を続けていくことで心が乱される原因はなにかこれまでの自分の行いや経験に原因があることに気付くと自分の心で自分の心を乱していることに気付く。

良い気分でいれるかそうでないかは自分次第。

心の動きに気付いて、心に呑み込まれないように、心に支配されてしまわないように。

自然な自分の状態に戻していくと心が穏やかになるのはヨガのアサナで身体を伸ばしたり動かしたりして心地よい状態に安定した身体に戻していく事でも感じられます。

自分が快適な状態、良い気分の状態、自然な状態でいれることを、常に選んで楽しんで生きていきましょう。
2009年に築60年の我が家の2階を改装し、オウチヨガスタジオココロをオープンさせました。

今年でで8年目に入りました。

私がヨガ伝え続けていけるのもお越しくださる皆さんのおかげです。

ヨガを始めてからずっとヨガを数名の先生から学び続けてきました。ヨガに参加してくださる皆さんも私の師であることは常に感じ感謝しています。

少しづつ私が皆さんに伝えているヨガも変化してきたように思います。

ヨガを始めた当時、出会った本、ザシークレットに書いてあった引き寄せの法則、ヨガと共に実践してきました。ヨガを深めていくとヨガの指南書ヨガスートラに書いてある教えも引き寄せの法則に通ずるものがあるなあと思うのですが、スートラは紀元前3000年前にインドのパタンジャリという人物が編纂したもので読みやすい翻訳の本もあるのですが、やはりいつも開くたびに小難しいなあとおもってしまいますが常にそばに置いて開くページに今の私に必要なことが書いてあるなあと感じています。

ヨガの生き方で大切なことはシンプルに言えば、考え方、行動、言葉です。

ここを変化させていくことで人生は素晴らしいものへ変化するし、物の見方や人に対する接し方も変化するし、自分を愛することが出来るようになってくるのです。

引き寄せの法則やその他スピリチュアルな本にもどこかに必ず瞑想を推奨する言葉か出てきます。

瞑想を実践していくことでいろんなことが変化してきました。今は瞑想がとても好きで瞑想をすることが日課になり、楽しみになっています。

私自身にすごいことが起きたとか、何か素晴らしいものを引き寄せたとか、はたから見たら全然わからないと思うのですが、私自身は今とても幸せで私自身の事を認めることができてきたこと、私たちの心、自分のものだと思い込んでいますが、常にいろんな感情が湧いてきて自分にも予測不能なことが湧いてくるやっかいな心を、コントロールできない心をヨガと瞑想で少しづつ鎮めて考え方を変化させていくことや、私たちの身体もまた自分のものと思っていますが、実はヨガのアーサナをやってみて初めて気づいた自分の身体をコントロールすることの難しさ、毎日アーサナの練習を続けることで少しづつ呼吸や身体をコントロールすることが出来るようになってきたことへの喜び。

全てこれまでやってきたことで忘れなかったのは楽しむこと!!できるだけ心地よい気分でいること!!

何よりも瞑想によって本当の自分の存在と繋がる感覚を持てたこと、ヨガに出会えたことそれこそが引き寄せではないかなと思うし、今私は常に幸せを感じられているのです。

ヨガして瞑想してほしいもの楽しいものいろんな物引き寄せたい!!

そう思っていいんです!だんだんとヨガが瞑想が楽しくそれこそが皆さんの中の幸せだったり喜びに変わるかもしれないし、本当にほしいもの、本当に自分が必要なもの引き寄せられます!!

本当はまず小さな幸せを毎日見つけていく事も大切!!

身体があって深い呼吸で心地よさ、生きている実感を感じると、おのずと今瞬間の全てに感謝できます。私たちは自分の力で生きているのではない、見えない力、私たちが住んでいる地球、宇宙、によって生かされていることを常に感じていくと何も物質的なもので満たされる幸せだけではないことに気付けてきます。

そんな感覚を皆さんに体験していただきたくオウチヨガスタジオココロ熊本のサイトもこれまではあまり書かなかったブログも少しづつ書きながらヨガのお話や、生活の中での引き寄せや幸せを、つたない文章ですがつづっていこうと思っています。