愛と感謝

愛とか感謝という言葉は、文字にすれば見えるけど、実態のないもののようで、愛とかも男女間の愛や親子間の愛とかとかだとなんとなくわかりやすいけど、そこよりも、もっと深く大きいもので、宇宙が私達を生かしてくれているからこそ私達は生きれている。私達の肉体の親は両親として存在していて、両親からも無私の思いで育てて貰った事は深く感謝してます。
しかし人間として私達を大きく見たとき、人間の親は地球であり、地球を生み出した宇宙だという事に気づける。
水や空気や光、適度な温度をこの地球に与えてくれている事は宇宙からの無私の思いが与えてくれている事で私達は肉体を持って生かされている…。
そこに気づくと、目の前にあるものや人も自分の内側にあるものも全ては平等に宇宙から与えられたもので存在しているだけで取り込んでいる物は同じ…私達は宇宙を取り込んでいる…私達は目の前にあるものを別のもの、他人という思い込みで見ているけれど本当は同じもので出来ていて、同じもので生かされている。みんな本当の自分=魂は同じもので出来ている。

だから一番愛や感謝を感じられる行為は呼吸なのではないかなぁと思います。
最近随分心が軽くなったと思うのですが、それは呼吸を丁寧にしながら、ありがとうを吸ってありがとうを吐く、宇宙を吸って宇宙を吐くイメージで瞑想したりしているからかもしれません。

今を一生懸命

今この瞬間自分が行っていることに対してただやれているとき。
ヨガのレッスンを思考や感情に惑わされずにただ集中しているとき、そういう時、自分の内側では自分を客観視する感覚も、内側で自分がやっていることに対しての認識もなく、ただありのままに身体を静止させているとき、心も静かな一瞬があります。

そういう時、体や心、魂との統合が起こっているのかなあって思います。

思考感情に惑わされないただ今を生きること・・・それがヨガでいうところの至福の状態。
だから表面的に、物質的に、他人から見たらアラーあの人大変そう、不幸そうって思われても、その人が思考や感情に惑わされずに、ただ精一杯、今瞬間に一生懸命何かを行っていればそれはヨガ的にはその人は至福な幸せの状態のようです。

日々の生活を精一杯行っているとき、ヨガのレッスンも精一杯行う、ヨガを精一杯お伝えしているとき、子供と過ごしているとき、精一杯のエネルギーで向き合うとき、私は幸せです。


子供の成長で執着を手放す

春になりPTAの役員決めや、学校へ出向く機会も多くなりますね。

私は最近はあまり学校の行事にも参加しないダメ母ですが、長女の頃は結構学校行事にも意欲的に参加していた方だったかもしれません。

子供を育てていくうえでママ友とのおつきあいももちろん大切になるし、私もいろんな方との出会いがあり、人間関係でいやになったり、失敗したり、いろんなことがありました。

今は子供抜きにしても年に数回はお会いするする10年以上のお付き合いのお友達もでき、子育ての中での人間関係もありがたいご縁でつながっているなあと思っていますが、もうすでにその関係の中には○○ちゃんのお母さん、という部分は少なくなっているように思います。

もちろん会えばいろんな話の中には子供の成長の話も出ますが、お互いの仕事の悩みや趣味の話、人間としてのお付き合いです。

母親は特にかもしれませんが子供が成長するとともに、成績やいろんなことでほかの子供とわが子を比べてしまう事もあるかもしれません。

それは子供が我が子という思い=執着によって生じてくるものだと思います。


そんな子供への執着があるうちは、ちょっぴり距離を置きながらお母さんとしてのお付き合いをして、子供が成長したら少しづつ母としての執着から離れたときに、ご縁がある方々と本当の人間関係が築ければいいのかなあと思います。

親離れ=子離れ=執着を手放すことですね。